渋谷・みつ央

石川遼の18歳史上最年少賞金王決まる。
26歳のジャンボ尾崎を36年ぶりに破った。
高校生の大記録達成に日本中が熱狂した。


さて、渋谷の小料理屋「みつ央」である。
セルリアンタワーの裏手南平台の住宅街。
渋谷の駅から賑やかな街を抜けて行くと
まるで人目を避けているかのような立地。


2、3軒の飲食店がやっと集まる雑居ビル。
中でも一番目立たない地下に店を構える。
階段の踊り場の小さな看板だけが頼りだ。



8席のカウンターと4席の小上がり。
店の構成としては必要最小限である。
しかも今日の客は私たち3人だけだ。
店主と私たちの濃密な時間が始まる。


お通し
手前はカブと油揚げ奥はトマトと鮭。
酒は越乃景虎名水仕込み特別純米酒
新潟県栃尾市諸橋酒造による人気銘柄。
皮切りにちょうど良い飲みやすい辛口。



ブリ
サッと湯引きしたブリ。
めかぶとネギをたっぷり。
越乃景虎がまたうまい。



白麗茸のてんぷら
東北から長野で採れる珍種のキノコ。
白くて太くて大きくしかもキメが細かい。
ヒマラヤの赤い岩塩をつけていただく。
「薫り松茸味しめじ」の両方を満たす。
店主が近頃お気に入りの食材である。



エリンギのようで筋張っていない。
予想を裏切る柔らかな食感がいい。


三宿で10年料理屋を営んでいた。
病気で腰を悪くしてしばらく休む。
立って料理するのを医者に止められ
悩んだ末たまに座れる今の形にした。
「料理屋」が「小料理屋」になったと言う。


東京の出身だが若い頃から酒が好きで
うまい酒を求めて日本全国どこへでも。
もちろん利き酒師の資格も持っている。
今年飲んだ酒はおよそ800種だとか。


魚や野菜など食材全般に造詣が深く
農家や漁協や杜氏などに仲間が多い。
それでいて決して人気商品に流されず
小料理屋なのにまるで商売っ気がない。


越の誉清吟
新潟県柏崎市原酒造による吟醸生原酒。
淡麗さとふくよかな味わいを兼ね備える。
てんぷらと合わせてすっきりとしながら
お刺身と合わせてコクが出る不思議な酒。



お造り
近海のめばち鮪。
いさきとしめ鯖。
刺身もうまいが
酒との合わせが楽しい。
清吟の味が変わる瞬間。



最近の日本酒離れはお燗離れだと嘆く。
江戸時代酒屋には酒は一種類しかない。
美味しく出すためのお燗の技術だったと。


30度くらいの日向燗にはじまって
人肌燗、ぬる燗、上燗、熱燗と続き
55度を超えると飛び切り燗と言った。


田舎の蔵元は正月にはお燗で配達した。
日本酒の文化はお燗の文化なのである。
酒の話になると店主の口はなめらかだ。


マカロニサラダ
ソースに絡みやすい
凹凸の多いマカロニ。
「懐かしシリーズ」の一品。



ハムカツ、ナポリタン、ピザトースト
店主がこだわる「懐かしシリーズ」は
聞くだけでワクワクするラインナップ。
真っ赤なウィンナーにピーマンの輪切り
絶対にはずせない条件がいくつかある。


「『懐かしシリーズ』がなぜうまいかって?
それはいろいろなスパイスの中にまじって
『思い出』が入っているから。」と店主。


醉心
お刺身からマカロニに料理が変わり
次の一品に向けて店主は酒を変えた。
広島県三原市醉心山根本店の純米吟醸
横山大観が終生愛した飲み飽きない酒。



レバーフライ
店主自慢の肉厚のレバーフライ。
外はこんがり中はレアに仕上げる。
特製のデミグラスソースがよく合う。



広島ではくじら肉に合わせて醉心を飲む。
ビタミンや鉄分を作る獣肉と相性がいい。
レバーフライに合うのはお見通しだった。


お手製のメニューに本日の献立が並ぶ。
品物によって文字の色や大きさを変える。
店主の力の入れ具合がそこにあらわれる。
今日は「湯豆腐」と「鮎めし」が妙にデカイ。


ご一緒した映画監督のO氏がポツリと言う。
「献立表と台本て何か似てませんか?」
「お客や出演者をまず納得させるために
 とりあえず献立表や台本を書いてみる
 でも実はそれを裏切ることから始まると。」


店主と監督の二人だけがうなづいている。
嫌われると勝ち誇り褒められると裏切る。
どちらも妙にへそ曲がりが共通点である。
料理と映画がフッとオーバーラップする。


青柳と大根の煮物
見た目にも美しい和食らしい煮物。
ところが醉心との相性は良くない。
アルコールっぽさがやけに目立つ。
これは次の鮎めしへの伏線だった。



鮎めし
鮎は栃木の木連川明星漁業から届く。
パラパラと大根の葉の塩漬けが利く。
少なくとも米では京都には負けない。
日本一の鮎めしに自信をのぞかせる。



大根と醉心の不似合いを知ったあと
鮎めしを合わせると驚きは倍増する。
同じ和風だしの料理なのにこちらは
お互いがそのうまさを引き立て合う。


ダイヤ菊
店主が本当に好きなのはこんな酒だ。
長野県茅野市その名もダイヤ菊酒造。
こちらは小津安二郎に愛された銘酒。
信州蓼科山麓の水と空気に育まれた。



やや黄色味がかった独特の風合い。
店主いわく「ひねた酒」の味わいとか。
澄んで水のような酒よりずっといい。


いろいろなうまいものを出して
いろいろなうまい酒を飲ませて
最後にひねたダイヤ菊を褒める。
酒に自分のキャラを重ねているのか。
みつ央
03−3780−1787