銀座・はち巻岡田

本日、ボジョレー・ヌーボー解禁である。
気の早いファンが栓を抜いて飲む映像を
昨夜0時過ぎに、ニュースが伝えていた。


今年のフランスは、夏場の気候が不安定で、
ぶどうの出来が心配された。
しかし収穫時期の8月下旬には気温が上昇、
糖度も上がりよい状態で収穫を迎えたという。


さて、銀座の老舗、「はち巻岡田」である。
創業大正5年、今は三代目が切り盛りする。
銀座の中で2度場所を変え、40年前から
松屋デパートのすぐ裏の路地に店を構える。



銀座自体が久しぶり、私には縁のない名店に
大阪の放送局の偉い人が誘ってくださった。
店名の由来は初代主人の豆しぼりのはち巻、
チャキチャキの江戸料理と鮟鱇鍋が名物だ。


「ブログの写真撮影は大丈夫でしょうか?」
格式のある老舗では、まれに断られるので
もしかしたらだめかもと、覚悟していたが・・


「大丈夫です、是非撮影して紹介してください。
イラストレーターの原田治さんがよくいらして、
ご自身のブログにも時々書いてくれるんですよ。」
と快くお許しをいただいた。


「残念ながら私は原田治さんのような
有名ブロガーではないのですが・・。」


岡田茶わん
いきなり店名を冠した自慢の逸品。
細く長くていねいに切られた白ねぎの下に
少しだけ鶏肉が入ったスープ。うまい。



粟麩田楽
粟麩をかるく揚げ、濃い味の味噌田楽で。
外はサクサク、中はモッチリ、
こう書くといかにも陳腐だが、実にうまい。



メニュー
夏場にいくつか入れ替わるものもあるが、
ほとんど一年中同じメニューを出すとか。



菊正宗
ビールはキリンかサッポロしかない。
お酒はお燗か冷やかの選択しかない。
焼酎のようなはやりものは置かない。


「融通が利かなくてすいません。」
と詫びながらも、改めるつもりはなさそうだ。



この店が一部で有名なのは、作家山口瞳
その名も「行きつけの店」という本の中で
紹介しているからだという。


「鉢巻岡田の鰹の中落ちを食べなければ夏が来ない。
鉢巻岡田の土瓶蒸しを食べないと私の秋にならない。
鉢巻岡田の鮟鱇鍋を食べなくちゃ、冬が来ない。
鉢巻岡田はわたしの学校で、
接客や人付き合いなどいろいろなことを教えられた。」


我々の個室には山口瞳の直筆原稿が飾られていた。
どうやら先代のお内儀さんが亡くなったときに、
その思い出とともに書かれた文章のようである。



あいがも塩焼き
誰かのブログにこれがうまいと書いてあった。
ジューシーで上等な鴨肉。



かき土手焼き
田楽とかぶったがあまり気にならない。
一品一品がしっかり粒だっているのだ。



山口瞳より前に、この店が有名になったのは、
昭和6年、三田派の作家水上瀧太郎
小説「銀座復興」を新聞に連載したのが契機。
なんと「はち巻岡田」の先代主人をモデルに、
震災から立ち直る料理屋の話を書いたという。


この小説は、三田派の盟友久保田万太郎が戯曲化し
戦後、文学座などによってたびたび上演されている。
昔から文壇、劇壇、三田派の財界人の客が多いのは、
どうやらこのあたりがルーツのようである。


「奥の座敷に、川端康成の手紙が飾ってありますよ。」
店の人がわざわざ教えてくれた。
それはまさに川端康成久保田万太郎に宛てた手紙、
何かの機会に先代がもらったものを飾ってあるのだ。



久保田万太郎は美食家、好角家で知られ、
最期は、にぎり寿司をのどに詰まらせ窒息死した。
死の瞬間まで寿司が味わえるのは幸せではある。
ただ、コハダならいいが、タコだったら少し残念だ。


あんこうなべ
2人前くらいの小ぶりの鍋に、あんこうと野菜。
カツオと鶏の風味がまざった、上品なスープだ。


(点火前)


(点火後)


(雑炊)


久保田万太郎や、山口瞳文人を虜にした鍋。
数十年を経て同じ鍋を、彼の原稿の前で食う。
鍋のうまさと、自分がその系譜に連なったという
小さな喜びとで、軽くめまいがする。


さぞ高いだろうと思ったらそうでもない。
はち巻岡田
03−3561−0357