人形町・玉ひで

「一致して北朝鮮への圧力を高めていく」
訪問先イギリスでの記者会見で安倍首相。
今朝の北朝鮮弾道ミサイル発射を受け
国際社会の結束が必要であると強調した。


さて、人形町の割烹「玉ひで」である。
江戸文化研究会の半年ぶりの例会である。
元祖「親子丼」を求めて昼も夜も賑わう店。
地下鉄「人形町」駅の上に文字通り白亜の殿堂。



お通し
レバーと軟骨と烏骨鶏の卵と
それぞれに個性的な珍味三品
うずらの卵黄入りお吸い物と
あてのそぼろしぐれ煮がつく。



お手拭きはお持ち帰りもできるとか。
お土産に良いので誰も使おうとしない。


熟成とり料理
ささみのからしあえ



なにしろ創業は宝暦十年(1780年)である。
鷹匠の家に生まれた山田鐵右衛門と妻のたま
将軍家に出仕する「御鷹匠仕事」を家業となし
人形町三丁目に軍鶏料理の店「玉鐵」を創める。


そもそも「御鷹匠仕事」とは将軍家の御前にて
鶴を切る厳議に由来する格式の高い包丁さばきで
放血せず〆た鳥を血を見せず直ちに骨と身に分け
肉に手をふれずに薄く切る練達の秘法だという。


果たしてそんなことが本当にできるのだろうか。


軍鶏のすき焼き
軍鶏と野菜が運び込まれると
何から手をつけるか心配になるが
仲居さんがすべて焼いてくれる。




白は胸肉で黒はもも肉
白身でうすめられない
濃厚な黄身をたっぷりと。



豆腐としらたきと千住ネギ



皮やつくねも加わって
ますます滋味豊かに



さて「玉鐵」は有名店の番付にしばしば登場する。
嘉永五年「江戸五高昇薫」、鳥料理の五店として
他に「四谷御門内万金蔵、ミソヤシンミチ大はし
馬道桜や、スキヤカシ中嶋」と並び紹介された。


さらに明治八年「東京牛肉・しゃも有名見世」
明治二十五年「富世雷名八称人」などが続く。
今で言うなら「食べログ」か「ミシュラン」か
古来より店数多あれば格付けは当然の流れなり。


親子丼
これぞ親子丼のもととなる親子丼
ふわとろ半熟の卵とぜいたくな軍鶏
とりすきのあとで胃にこたえる量だ。




やがて蛎殻町支店を任されていた秀吉が五代目に。
鳥鍋の残りの割下に卵をとじる食べ方をヒントに
秀吉の妻とくが発案した「親子丼」が大人気になる。
以来親子丼発祥の店としてその名を知られることに。


五代目秀吉はお客や近所に「秀さん」と親しまれ
「玉てつの秀さん」の店はやがて「玉ひで」となる。
長年の屋号「玉鐵」がついに「玉ひで」変わった。
お客に親しまれていた通称がそのまま屋号になった。


デザート
季節の果物柿とプリン


クレムブリュレのような
クリーミーなプリンが美味。


腹ごなしに水天宮経由で茅場町まで歩く。
高層ビルの多い都心に戻ってくるとともに
時代も少し昔から今に戻ったように思える。
玉ひで」の名前の由来を復習してみると・・


初めの屋号「玉鐵」は初代鐵右衛門と妻たまの名から
そして「玉ひで」の「ひで」は五代目秀吉の「ひで」
つまり「玉ひで」の「玉」はたまの名が残っているのだ。
「玉子」の「玉」と勝手に思っている人はさぞ多かろう。


玉ひで
03−3668−7651